ひまわりアフター*朝生/武藤



--------−男には胃痛が付き物である。
そう遺した偉人の正体は朝生の父であった。

男として生まれたからには、仕事に精を出すのは当たり前。
また、どれだけ多くの人間を、どれだけ高い質で養ってやれることができるか、それこそが、男としての器を計る目安となる。
そう教えられて育った朝生にとって、今の自分はなかなか、悪くないところへ来ていると思う。
虎桜組、また桜コンツェルン、それぞれに数千の人間を指揮し、またその家族をも含めて十分に養っている。
株主への評価も高いし、社員へのボーナスだってちょっと普通の企業ではみられない額だろう。

そんな風に、男として順風満帆の仕事振りを示している朝生にとって、若頭の龍たちの財政を考えない豪遊ぶりも婚約者の沙紀の自由奔放な浮気っぷりも今回の仕事が終わったら食べようと楽しみに取っておいた紫いもカスタードモンブランがいつのまにか消えていたことだって、ささいなことにちがいないのである。

そう、こんな胃痛は、男の勲章・・・。

「あ、虎桜組の偉い人。」
最近また増えた胃痛の根源。
それがこの天才彫り師の居候。武藤一郎。
働きもせず手伝いもせず組の中をぶらぶら歩き回ったり、あろうことか婚約者の沙紀につきまとったりする。
正直、天才だかなんだか知らないが、沙紀の担任でもなかったら今すぐ追い出したいくらいだ。
また、胃がきりきりする・・・。

「・・・朝生だ。何度教えたらわかるんだ。そもそもお前は
こんなに長いこと居候しておきながら、名前を覚えた人間がいるのか?
もしかすると誰の名前も覚えていないんじゃないのか?
そんなことで良く教職になど就けたものだな?
何か汚い手でも使っているのではないのか?」
口の端を軽くあげて見下すように嘲笑しつつ、矢継ぎ早にイヤミの応酬をかける。
龍であれば簡単に逆上するようないつもの挑発である。
沙紀であればムキになってわけのわからない理論で反抗してくるだろう。
そういったひとときは大抵、ちょうど機嫌の悪いときの朝生にとってはいいストレスのはけ口となる。

が、目の前の男は気にしていないのはおろか、そもそも話をきいているのかどうかも怪しい様子であらぬ方角を見上げている。
「ん〜、小泉とー、十字架。あと、ああ、聖龍だ・・・。
3人かあ、結構覚えたよね?」
「全然ダメだ!!!」
得意気だった。
得意満面といってもいいくらいだった。
胃もきりきりしてきた。

・・・しかしこの場合不運なことに、朝生は真面目な男であった。
真面目で尚且つ勤勉に物事を追求することを身上として生きてきた朝生にとって、ここで武藤の理解を放棄するということは敗北に繋がる。
そして敗北の2文字は朝生にとって、己を形成する上で最も許しがたい出来事であった。

「とりあえず、今日はこれだけは覚えてもらう。
この組織虎桜組の最高責任者はこの私、組長代行朝生義之だ。
武藤一郎、いや刺青師無為。
お前が働きもせずこの屋敷で誰にも咎められずに三食昼寝におやつつきで養ってもらえるのは私の口利きだということを覚えておいてもらおう。そして!」
「今日のおやつ、何だろう・・・」
武藤のつぶやきは聞く耳も持たないまま、ここぞとばかりに目力を働かせ、強調する。

「沙紀はあくまでもわたしの、婚約者だ。いまはただ、婚姻前ということで自由にさせてはいるが、時期がきたら問答無用で、婚姻関係を成立させる。これは虎桜組がビジネス部門のコンツェルン、及び極道部門の下部組織をも取りまとめる上で必要なことであり、また彼女がなんといおうともう決定していることなのだ。」
「どらやきとか、いいな・・・」

「もちろん私だって沙紀のことが気に入ってないわけではないし、あの年頃の女性が恋愛も経験せずに結婚だなどと、そんな話の通じない頭の固い男ではないつもりだ。思春期の女性にとって恋愛とはなくてはならないものだとこの間読んだ少女漫画にもあったからな・・・。いやしかしだからこそ、こうしてお前ごと養って、沙紀には好きにさせている。私は沙紀さえ幸せであれば、それで」
「紫いもカスタードモンブラン味で・・・」
「お前が犯人か!!!!」
ああ、紫いもカスタードモンブラン・・・
最高級の紫いも、栗、卵、牛乳・・・沙紀にはヒミツで買収したフランス人の著名パティシエの熟練した技術が生み出す甘さと香りのハーモニー・・・。
沙紀はどんなに喜ぶだろう。
店に連れて行く前にこっそり先に取り寄せて試食するつもりだった。
今回の大きなプロジェクトを終え、疲れてきりきり痛む胃を、優しい乳成分がまろやかにとろけ、癒してくれるはずだったのに・・・


「美味しかったよ」
一言で済まされた。
あの繊細な味が分からないとは、庶民め・・・!

それはさておき、沙紀のことだ。
時間を指定して呼び出し、仕事をさせているのをさぼって遊びほうけているのはいつもの事。
が、しかし今度のプロジェクトに関しては、そうはいかない。
件の紫いもカスタードモンブランをはじめとするフランス菓子チェーンの買収にあたり、数々の無理をした。
卑怯なマネだってした。
大の男達を何人も泣かせるはめになった。
それというのも全て沙紀のために・・・

「美味しいといえば小泉の身体だけど、最近ますますいい身体になって感度もよくなってきたよね」
さらっと、何か耳を疑うようなことをいわれた気がする。
「・・・は?」
「俺も結構、やらしいほうだと自分でも思っていたけど・・・さすがは女子高生?
っていうのかなあ・・・、今まで想像もしてなかったような事とか、いろいろ、求められるし・・・・
まあ、嬉しいけど・・・」
思考が追いつかない。
想像もしてなかった女子高生とのやらしいこと、って、・・・何??
というか、武藤の話は脈絡無く意味不明なことがほとんど。相手にする必要など・・・。
「さっきまで、徹夜でえっちなことしててさあ・・・お腹すいちゃったから、なんか食べるもの探しに来て・・・
これから寝るつもりなんだよね・・・、それで小泉が、なんか甘いもの探して来いってうるさくて・・・」
なんか、胃が・・・
「昨日みたいな美味しいケーキがあったらまた、よろしくね。・・・それじゃあ、お休み、えっと・・・
眼鏡の偉い人・・・」
またきりきりしてきた・・・。

そんな朝生を残し、武藤はあくびをしながらキッチンのほうへとゆっくりと去っていった。

朝生義之。
桜コンツェルン代表。
いままでたくさん悪いことだってしてきた。
大人の男を泣かせたりもしてきた。
それもこれもみんなのために頑張ってきたのに・・・。

胃痛のせいか、朝生は床へと両膝をつき、倒れこむようにして、涙をかみ殺すのだった。


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