ひまわりアフターその後2*朝生/武藤/お嬢

爽やかな早朝。
静かな時間に落ち着いた気持ちで自分の時間を満喫するため、朝はブラックコーヒーと決めている。
もちろん、ミルクや砂糖などという女々しいものを入れよう筈もない。
「くっ・・・、胃が・・・痛い・・・!差し込むような・・・痛さだ・・・。」
だったら飲まなければいいのに、などという理屈は、朝生の生き様には必要がない。
自分で決めたことは最後まで必ず貫き通す。
たとえその道のりにどんな困難が付き纏っても。
それが、朝生という男を形成するひとつの形であった。

「あ、虎桜組の偉い人。」
また出た。
武藤一郎。無職。
昼間は食ってるか寝てるか遊んでいるかとしか見えない武藤だが、最近良く顔を合わせる事がある。
今日もこんな朝早くから柄にもなく起きてきてわざわざリビングまでやってくるあたりいったい何をたくらんでいるのだろうか、
と朝生は身構える。
しかし、武藤の口から発せられた言葉は朝生の心を更に混乱の渦へと突き落とす。

「アイスはやっぱりうまい棒だよね」
・・・わからない。
自分をわざわざ探しに、こんな朝早くからリビングに現われたかと思えば、突きつけられる言葉は完全に意味不明。
朝生の顔色はますます蒼白みを増し、胃はきりきりと痛みを送ってくる。
おのれ武藤・・・。一体何が狙いなのだ・・・。

「うまい棒はアイスではありませんよ、先生」
緊張感を増していた2人の間に救世主のごとく、現われた声の主は小泉沙紀。
朝生の婚約者、のはずだった。
「や、あのソーダ味の・・・角刈りの少年が出てきて・・・」
「それはきっとガリガリ君のことです。今切らしちゃってるみたいで、あとで買ってきてもらえるように
天音くんにたのんであげますから」
ああ、そうだ・・・。あの違和感の正体、それはうまい棒は決してアイスではなかったということで
そこに気づくのが遅れてしまったばかりに朝生は混乱に陥れられたのだ。
・・・いや、そんな安い菓子のことなど知らなくても何の支障もない。
そう自分に言い聞かせる朝生だが、目の前の沙紀と武藤は楽しそうにアイスの話題で盛り上がっている。
(一体武藤は何のために私を呼び止めたのだろう・・・)
そう考えてふと、武藤がこちらに声をかけてきたときのことを思い出す。

「そういえば、武藤、貴様はあんなに言ったのに、まだ私の名前を覚えていないのだな・・・」
「・・・ああ、ごめんね?偉い人」
にっこりと、悪びれずにこちらに向き直り、謝る。

「龍や京吾は難なく覚えているのに・・・いや、そうか。あだ名のような変わった呼び名でだったな。ええと、たしかなんとか龍、・・

・」
朝生にとって、龍に負けるということはたとえどんな形であれ、納得のいかないこと。
たとえ地球外生物の武藤といっても、龍を覚えているのに朝生を覚えていない、というのは、なんとしても覆さなくてはいけない
決定事項なのだった。
「ん。動物の名前とかなら、覚えられるかも・・・それか、食べ物・・・えと・・・」
「なんだ、幼稚園児みたいだな。そうだな、仮にも芸術家の端くれとして私にもあだ名をつけてみてもらってもかまわないぞ?わ
たしに似つかわしく強さと気品をかねそろえたような・・・」
「んー・・・革・・・靴・・・?」
「動物でも食物でも無い!!」
どこかで聞いた様な呼ばれ方だな・・・。実際・・・。
「じゃあ、可愛くして・・・、くっつん?」
「続けるな、広げるな、もうこれ以上掘り下げることは許さん!!」
「しゃっくりきたのに・・・芸術家的に・・・」
うなだれる武藤。
「それをいうならしっくりです。武藤先生。」
横から沙紀が正しく突っ込みをいれる。
さすがは私の婚約者である。
というか教師の癖に生徒に日本語の使い方を正されるなんて・・・とおもったがこの男にとってはなんてことは無い出来事なのか
もしれない。

「とにかく、お前は一介の芸術家を目指すにしてもまだまだ、駆け出しの部類だ。沙紀のことを今後どうしていくとしても、まずは
自分に出来ることを一生懸命行い、向上心をもって常に何かにチャレンジすることだな。つまり目の前で起こったことに全力で対
処することもまたひとつの方法であるな、たとえば・・・」
朝生が気持ちよく説教モードに入ったところ、武藤はぼんやりとした顔で聞いているのかいないのか、分からない様子で、朝生
の顔に手を伸ばした。

「わかった。それじゃあ・・・、掘らせてくれる?」
「!!!!!!!!ななな何・・・」
しれっとした顔でなんてことをいうのか、この男は。
小動物を思わせる言動で人を油断させながら、その実両刀使い。
朝生の脳裏には、偏食を装いながらも実は結構いい身体をしている眼前の男、武藤が、これまでとはうって変わった不敵な笑顔
で『やらないか』と全裸で迫ってくる映像が脳裏に渦巻いた。
本性見たり、武藤一郎。変態ではないかと思っていたが、まさかの両刀使いとは・・・。
「何って、彫れっていつも、いってたじゃない・・・刺青・・・」
「ああ、なんだ、刺青・・・刺青?この私がか?」
一瞬、身の貞操を覚悟した朝生だったが、その単語に我に帰る。
「んー」
そういって武藤は慣れた手つきでスーツを脱がせにかかり、続けてさも自然なことのように白いワイシャツのボタンに手を伸ばす。
「なんか俺好みの、色白・・・あんまり、外で遊んだりしてこなかったんでしょ・・・?」
「大きな・・・っ、おせ、わだっ・・・!」
「紫外線は、お肌の・・・敵だから・・・小泉にも良く言って聞かせてるんだけど、あんまり聞かないんだよね・・・その点、朝生さん・
・・」
「・・・っ!お前・・・」
「間違えた・・・、偉い人、背中も綺麗だなあ。俺、汚い背中には頼まれても彫りたくないんだけど・・・この背中はいいよね・・・お
まけに結構、美形だし・・・俺本当は、肌とか、わりとどうでもいいっていうか、結局は顔が可愛いかどうかが大事なんだよね・・・
なんかこう、芸術的観点・・・?」
「な、何がげい、じゅ、つだ・・・っ、この変態・・・っ!」
武藤の怪しい手つきに、背中を撫でられているだけで思いがけず息も絶え絶えになっていく朝生に対して、何故か武藤のほうは
普段よりも流暢な言葉遣いになってきている。
その上、この指使い・・・こんな指にいつも、俺の婚約者、沙紀は・・・。

そうだ、沙紀。
こんな事態に大人しく見ているような沙紀ではない。
誰か助けを呼んで・・・
もしくはこの変態の奇行に、正しく冷静なツッコミを・・・
そう思い、半泣きで助けを求める朝生の視線の先には。

「・・・・・うわあ・・・・・。///」
頬を赤らめ、ちょっとときめいた調子で二人を見つめる沙紀だった。
「先生って、男の人相手でも、テクニシャンなんですね・・・。」
馬鹿だった。
っていうか、色ボケだった。

まさかこの2人、本当に出来てるのか・・・?
いままで必死で打ち消してきた自分のなかでの疑惑に再度直面することになる。
そんな馬鹿な・・・沙紀・・・
おまえは淫乱で浮気性に見えても本来は、真面目で常識家のはずではなかったのか・・・。
朝生の理想の中での沙紀が音をたててくずれかける。

「先生!それ以上は、ダメです」
そんな時、救いのように静止の声が上がった。
ああ、沙紀、やはり私の愛する沙紀は、まともな人間だったのだ。
信じていて良かった。
愛している、沙紀・・・。

「朝生さんなんかにしないで、続きはわたしにしてください。さあ、早く、先生の部屋行きましょう。おやつも忘れないでくださいね
!」
顔を赤らめ、武藤の方にのみ声をかける沙紀。
信じていた婚約者像が音をたてて、崩れだした。
「それもそうだよねえ・・・女の子の方が、気持ちいいし・・・朝生さんも可愛いけど、まあ小泉でいいや」
「もうっ、先生!たとえ朝生さんなんかでも、浮気は許しませんよ!」
いちゃいちゃしながら、去っていく二人。
そこにはワイシャツとズボンをいつのまにか半分まで脱がされていた、朝生のみが取り残されていた。

「いやいや、そんな、あの二人に限ってそんな関係のはず無いだろう」
気を取り直して、乱れた着衣を直し始める。
「きっとあれだ、二人でガリガリ君でも食べながら、大人しくゲームでもやっているのだろうな」
そういって、今日の涙は流さず胸にしまいこみ、目線はしっかりと明日の希望へと真っ直ぐに見つめなおす。
実は武藤がしっかりと朝生の名前を覚えていたことも既に忘却のかなただった。

(こんなときは気を取り直して、そうだ、コーヒーでも飲みなおそう・・・)
そうして朝生の胃は今日も等しく、キリキリと痛み続けるのだった。



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