いちご交換日記



──君のことが好きで好きでたまらないのに、どうして僕はいつも傷つけることしかできないんだろう?
どうすれば君が好きだってわかってもらえるのだろう?──

「元々は魔王の娘さんで、何不自由なく育てられてきた子なんだよ」
「本当にあんなに美しい娘なのに、それなのに、あんな監禁まがいの扱いに」
「まるで奴隷みたいだね」
「あの子も他の者のところに嫁げば、今よりも幸せになれたに違いないのに・・・」

使用人たちが今日も小声で、囁いている。
陰口のように装っていながらも、実際は聞こえるようにわざと、やっているのだろう。そのくらいは、僕にもわかる。
そんなことをしている暇があるなら、何か彼女の好きなものでも持っていって、喜ばせてやればいいのに。

だけど僕にはそんなことを言う資格なんて少しも無いだろう。
彼女の望むものをあげられないのは、いつだって、僕自身なのだから。

「やあ、アーシェ。今日は愛人達と一緒に君の好きな青い薔薇を見にピクニックに行って来たよ。ちょうど満開の時期で一面の美しさといいその香りといい、素晴らしいところだったよ。女の子達はみんな綺麗で、薔薇の花がとてもよく似合っていた。そして、彼女たちは皆、大喜びで僕がつれていってあげたことを感謝して、お土産に青い薔薇の花束を抱えきれないくらい沢山、もらってきたんだ。もちろん、君にあげるぶんなんて、一つも残ってないけど」
いつものとおり、そんなことをつい、僕は言う。
すると彼女は決まって、笑顔で答えるのだ。

「そうだったんだ。楽しそうで良かったね、セイジュ。今度はわたしも、連れて行ってね」
そんな風に答える彼女は、魔界でいちばん美しい花。
すべらかな白い肌も、さらさらに流れる長い髪も、月の光を受けて宝石のように輝く大きな瞳も僕だけのもの。
僕の好きな服を着せ、僕の好きな髪形をさせて楽しむ、僕だけの人形。
薄暗い密室に囲われ、僕と会う以外の楽しみを許されていない彼女はいつも、僕だけにすがりつき、僕だけに何かを求める。
そして、そういう風にしたのは、僕だ。
君に笑顔でこんなことを言わせてしまうようになったのは、僕自身だ。

僕の言葉一つで、自由に悲しんだり傷ついたりしていたあの時のアーシェはもういない。
僕だけの大好きなお人形。
そう、自分のちからではではもうどこへも行こうともしない、壊れた、お人形だ。
何を後悔することがあるのだろう。彼女をこんな風に縛り上げているのは他でもない、僕なのに。僕だけなのに。

「駄目だよ・・・君はここから出してあげない。一生、出してあげない」
彼女が傷つくかと思って、また、意地悪を言ってみる。
「いいよ。私、セイジュがわたしを好きで、キスしてくれるならそれだけでいい」
そういって、彼女から求めてきたキスに、応じる。

自分の言った意地悪に、返ってくるアーシェの言葉を聞きながら、傷ついているのはむしろ僕の方かもしれない、と思う。

───こんなアーシェを見ていると、時々思う。
もしアーシェが使用人達の言うように、他の男の者になっていたら、そう例えば───レニのものになっていたのなら、彼女はどんなにか幸せだっただろう、と。

「君はまた、そんなことばっかり僕に求めるんだ。・・・本当に淫乱で、空虚で、つまらないお人形だね、そんな風に何も考えないでいると今に、駄目になってしまうよ」
彼女の弱い部分にキスをしながら、僕は責めたてるような口調で、そんなことをいう。

心優しくて、よく気がついて、常に僕より優れていた僕の兄。
アーシェが最初に会ったときから、レニのことを好きだったのは知っているし、レニだって、同じく好きだったんだ。
2人は運命の恋人同士だった。
なんてそんなこと、どうして納得できなかったんだろう。
なんでこんな風に、奪うような愛し方をしてしまうんだろう。

「うん、・・・そうだね。でも、セイジュが優しくしてくれるなら、・・・んっ、わたし、駄目になってもなんでも、いいよ・・・」
あえぎながら、彼女は、優しい目をして僕を見る。
彼女はいつだって僕に優しくしてくれたから。

だって、そんな風な君を好きになってしまったから。

他には何にもいらなかったんだ。

「・・・」
なのになんで、幸せにしてあげられなかったんだろう。
「セイジュ、泣いてるの?どうしてそういう風に、傷ついた顔をするの?わたし、何かひどい事を言ってしまったのかな??」」
そんなことを聞いて、
僕は、
はじめて、頬に冷たいものがつたっているのに気がついた。

「ねえ、アーシェ、僕は、卑怯者だね。君を求めて、閉じ込めて、僕だけのものにして、そして後悔している。どうしたら、僕の気持ちが伝わるんだろう。こんなにも苦しいのに、君にどうして何もしてあげられないんだろう。」

アーシェは不思議そうな顔をして、僕を見る。美しいお人形。大好きな、僕だけのアーシェ。
「変なセイジュだね。そんな簡単なことの答えを、あなたは、知りたいんだ・・・」
そっと彼女は身体を起こして、両手を広げて僕を僕を抱きしめるように、する。
「セイジュは卑怯者なんかじゃ、ないよ」

彼女は僕の方を見て、そう言った。
ああ、君はそうなんだ。もう君の意思では僕を傷つけるような言葉すら選んでくれないんだ。

そう思っていた僕に対して、彼女は、僕の思っていなかったような言葉を、続けた。

「魔界一の卑怯者とか、誇大妄想もいいところだよ。
セイジュはただの、弱虫で根性が無くて性格が曲がっていて努力が嫌いで甘ったれで、
肝心な時に使えない臆病者の泣き虫だよ。根暗だし思い込みが激しいし、いつも格好つけたことばっかり言ってるくせに中身が全然伴ってないし、ひょっとしたら私を傷つけたくて、おかしなことばっかり言ってくるのかな、って思っていたけど、いつも作り話だってまるわかりだよ。声だって弱そうだし、天然パーマだし、足が遅そうだし、食べ物の好き嫌いも多いし、ところかまわずすぐ眠くなるし、人のこと疑ってばっかりだし、その割に簡単に罠にかかるし、それから、それから・・・」
「ちょ、・・・ストップ!アーシェ!」
「それから、優しくて、私のことをいつも心配してくれるから、大好き」

え?

「大好きだよ。・・・聞こえなかった、セイジュ?私は、あなたのそういういろいろな部分も含めて、大好き」

そういって彼女は、僕が人形のようだと思っていたあの優しい笑顔で、僕を見る。

「セイジュは、どう思ってるの?」

そんな風に問いかける彼女は実は人形とは程遠く強く美しく。
「セイジュは私が、好き?」
僕は彼女のことをこれまでずっと、弱いものだと勘違いしていたことに急に、恥ずかしくなったのだった。

「・・・き、だよ、アーシェ」
「聞こえないよ?」
「好きだよ、僕も君が大好きだ、アーシェ」
なんてどきどきするんだろう。僕はこれまでこんな簡単な、当然の気持ちを、どうして言葉にしようとしてこなかったんだろう。
「好きだ、好きで好きでどうしようもなくなって、つい君を傷つけてしまうけれど、そんなのは本当じゃなくて、ただ本当は、君に好きだと言って欲しくて、そして僕がただ、君に好きだと伝えたかっただけなんだ・・・」

今日の僕は多分どうかしている。
いや、今日に限らずさいきん、少し魔王の仕事の疲れがたまってしまっていたのだろうか。
だけど彼女はそんな僕の心を知ってか知らずにか、僕の欲しい言葉を雨のように降らせてくる。

「わたしも、セイジュが好き。大好き。もうどうしたらいいのかわからないくらい最高に好きなの。好き。優しいセイジュが好き。すぐにへこたれるセイジュも好き。いつもここへ来てちょっと意地悪なことを言ってくるセイジュも好き。どんなセイジュも全部好きだよ・・・」

そういって、僕のところに擦り寄ってくるアーシェを強く抱きしめて、また、今日も愛し合う。
人形のように美しくも、僕の考えていたよりもずっと強い存在だった、君に。

「ありがとう、大好き、愛してる、アーシェ」
もう一度そうやって想いを伝えると。

そういうと彼女はにっこりと、僕の大好きなあの笑顔で、笑った。








──一日百回『好き』って言って、そしてそれを毎日毎日続けたら、あなたの求めている『永遠』になりますか?
そうしたらあなたはわたしのことを、信じてくれるようになりますか?──

「今日はお菓子を姫様にお持ちしたのに、断られてしまったんだよ」
「おいたわしや姫君。魔王にあんな扱いをされてどんどん弱っていっているようだ」
「アーシェ様もあんな男は見限って、どこか遠くへ逃げて自由になってしまわれたら良いのに」
「あんなにお美しいのに、あんな男を選ぶなんて、勿体無い」

なんか今日は、お腹いたい。

大好きなセイジュのために毎日、肌も髪も洋服も綺麗に手入れして、身体だってセイジュにもっと好きになってもらえるように、がんばって体型を維持したり、努力してるのに。
もちろん体調だって気をつけていたのに。
昨日は雨が降って冷え込んだから、寝冷えしちゃったのかな?

せっかく従者が持ってきたお菓子を食べられなかったのは残念。
わたしたちのことを何も知らない、従者たちが好き勝手な噂をするのは別にどうでもいいけれど、
そのことでまたセイジュが傷ついてしまったら、と思うとちょっと腹立たしい。

そんなことを考えながらぼんやりしていたら、今日もきっかり定刻どおり、セイジュが現われた。

「やあアーシェ、元気にしてたかい?今日は久しぶりに人間界に行ってきたんだ。2人で言った商店街、懐かしいね。そこに新しく出来たカフェに愛人を連れて行ってフルーツタルトを食べてきたんだ。ふわふわした白い生クリームで包み込まれた、色とりどりのフルーツが宝石のように飾られているさまは、奇跡のように美しかった。もちろん味の方もなんとも言えず素敵で、君の好きなイチゴも沢山食べてきたよ。君にもお土産で買ってきてあげればよかった、なんて事全然、思いもしなかったけど」

セイジュのいつものお決まりの挨拶は今日も楽しい妄想であふれている。
魔王になる前に、レニとちょっとばかりやりあったくらいで何日も寝込むはめになったというセイジュの実力は私も良く知っているので、正直、毎日魔王の仕事をぎりぎりこなすのがやっとで遊んでいる暇なんて全然無いはず。

フルーツタルトだって本当は全然、興味が無いくせに、わたしに聞かせようとしていつも一生懸命話を作ってきてくれるのが微笑ましくて、いつも楽しく聞いているけれど、今日はちょっとだけ面倒くさい。
本当いうとHのほうも今日だけは遠慮したいなあ・・・。
でもセイジュの前で興味なさそうな顔をするのはつまらないから、わたしはちょっと頑張って笑顔をつくりセイジュの作り話に興味津々のふりをして付き合っていく。

「そうなんだ、今度は買ってきてくれたら嬉しいな。他にはどんなケーキがあるの?」
「君が好きなイチゴのケーキはとても沢山の種類があったんだ。真っ赤なイチゴが砂糖の蜜でくるまれて、ぴかぴかに光っているんだよ。それを、そのカフェのお洒落で幻想的な照明が、・・・ねえアーシェ、君今日顔色悪いんじゃない?」

「ええ?そ、そんなこと、ない、よ・・・?」
ちょっと上の空で聞いていたから、急に心配されてわたしはびっくりする。
そんなそぶりは出しているはずがない、演技は完璧なはず。
むしろセイジュをいかに騙しとおすか、ということだけを目標に毎日生きているといってもいいくらいなのに。

「ううん、ちょっといつもと違うよ。なんか疲れた顔してるかな、って思ってたし、君をいつも見てるから、少し調子が悪そうだったら僕にはすぐに分かるよ」
「・・・」
「ごめんね、アーシェ、君が疲れているのに僕がいつもいつも君を狂おしく抱くから、体調を崩してしまったのかな。」
「そんな、ことないよ・・・私もセイジュが大好きだから、きてくれるだけでも、嬉しいよ・・・」
「ごめんね、ごめんねアーシェ、君を疲れさせてごめん。今日は何もしないから、お願い。手を握って眠ることだけでも、僕に許してくれないかな・・・」
「うん・・・」

突然、優しくなるセイジュにはいつもびっくりさせられるけど。
本当はいつだって、私のことを見て、心配して、守ってくれていたことを知っていたから。
前から、私のことを好きでいてくれた、大好きなセイジュと。
「うん、手を、今日は握って眠ろう、セイジュ」

そして、二人、手を握り合うと、突然セイジュが何かを思い出したような顔をする。

「そうだね、・・・そういえばこんなこともあった」
そういうと、ベットの周りから、次々と、大輪の百合の花があらわれた。
一輪、二輪、三輪、四輪・・・
ゆっくりと、一輪ずつ出現する百合の花は、しまいには部屋一面を埋め尽くすくらいになっていた。
「セイジュ・・・!?」
「うん、・・・君がまえに、僕が寝込んだときに・・・持って来てくれた、百合の、花・・・嬉しかった、・・・ありがとう・・・アーシェ・・・大好き・・・」
すー。
と、そのまま、途中で寝てしまった。
・・・やっぱり、毎日疲れてるんだろうなあ・・・。
その上、こんなに沢山の花を出して・・・力を使いすぎると眠くなってしまうというのはいまだに直らないみたい。
「あ・・・」
そういえばお腹。治っちゃった。

そうして、セイジュのほうを見ると、幸せそうな寝顔で、目を覚ます様子なんてちっともなかったから。
「セイジュ、好き。大好き」
そんな風に、眠っているセイジュに語りかけて、手を握る。

ねえセイジュ。
今日は一緒に、手を握って眠ろう。
大好きなセイジュと、百合の香りに包まれながら、とても幸福な気持ちで。





「ねえ、交換日記しない?」

「僕は君と違って忙しいからね。ゆっくり内容を考えながら、のんびり日記なんて書いているヒマはないんだよ。」

アーシェはそのまま腕の中で、ずっとセイジュを見つめている。
そうするとセイジュは、その表情をふっとやわらげて、続ける。

「だから、君の知りたいこと、見たいもの、欲しいものをたくさん書いてよ。
そうしたら僕は君のために、君の知りたいことを調べて、見たいものを探して、欲しいものを手に入れてくるから。
僕の全てをかけて、大好きなお姫様の為に。」

セイジュが囁く。
アーシェは微笑う。

「じゃあ、はじめに、わたし日記帳が欲しいよ。いちごみたいに真っ赤な、可愛いノートに、いちごみたいな色のペンで、わたしの好きなものをたくさん書くよ。ねえ、セイジュ。必ず、持ってきて。セイジュ。好き。好き。好き。好き。大好き」
「分かったよ。可愛いお姫様。好きだよ。大好きだ・・・、アーシェ」

アーシェは思う。
それじゃあ今度の交換日記には、手始めに、大好きないちごを山ほど持ってきてもらおう。
食べきれないくらいのいちごを。

ただ、二人きりの大好きな世界のために、と。


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