ネガティブ兄弟 レニ/セイジュ/カイル/アーシェ
「カイル、カイル、カイル〜」
「姫様、姫様、姫様〜」
いちゃいちゃいちゃいちゃ・・・
今日も今日とてカイルとアーシェは兄弟の目の前でいちゃつき続ける。
兄弟が学校に行っている間だってずっと2人きりでくっついているはずなのによく飽きないものだ、とも思う。
しかしレニの目下の懸念は、そんな事ではない。
「・・・またやってるようだね、あの雌豚と、黒猫風情が」
その瞳に暗い闇を湛えた作り笑いで、弟のセイジュは手元のワイングラスに目線を落としながら、自嘲気味に、呟く。
そんなとき、兄であるレニは心の底からため息をもらすのだった。
また、この展開か、と。
いつだってセイジュは、柔らかに彩られた天使の笑顔で、レニに語りかけてくる。
しかしその唇は何が起ころうとも、美しい言葉を紡ぎだすことはないのだ。
「あんな猫畜生ごとき、僕らの力をもってすれば、三味線にしてやることくらい何の手間でもないのにね・・・。どうだろう兄さん、今度僕と一緒に奴を八つ裂きにしてみないか?
兄さんの魔力で奴を動けなくして、その間に僕がゆっくりと、息の根を止めていくんだ・・・。
もちろんすぐに死んだら面白くないよね?心臓に遠いところから順番に痛めつけて、一つ一つの身体の器官を潰しては、縫い合わせ、切り落としては、繋げてあげる。
そのうちさ、心が先に壊れちゃうかもしれないし・・・それも面白いよね。
・・・ああ、お望みなら兄さんにもいたぶらせてあげてもいい・・・だって兄さんだって奴には、大変に立腹しているのだろう?
あの黒い毛皮・・・身分の低い下賎な魔物ながらも闇のような漆黒の深さだけはなかなかのものだよ・・・。
あれを生きたまま剥いでやればいい・・・。
その毛皮を女の子達にプレゼントしてあげたら、僕たちの人気も更に不動のものになるに違いないと思うんだけど・・・どうだろう、ね?」
「・・・・・・」
ね?じゃねえよ・・・。
そんな風にレニは、いつも考える。
我が弟ながらなんて根暗なんだろう・・・。
猫=三味線だの毛皮だの、よくそんな恐ろしいことを考え付くものだ。
そもそもレニは、そこまでカイルを邪魔だと感じてはいないし、痛めつけてやりたい気持ちなんて毛頭ない。
むしろあの小さくて可愛らしい黒猫姿を見ていると、悪魔のようなセイジュの魔の手から守ってやりたいと思うほど心優しい人間なのだ(自分も悪魔なのに)。
動物好きな人に悪い人はいない、というが、世間の動物嫌いは皆こんななのだろうか?
いや、特別、うちの弟が終わってるだけだろう・・・。
なんでこんなのが自分の弟なんだろう・・・。
俺は、橋の下とかで拾われたんじゃないのか・・・。
よく考えたら双子といっても髪形以外はそんな似てないし・・・。
いや、そうではなくて、俺はこんな風に、いつ人の道を踏み外してもおかしくないたった一人の双子の弟を、真人間に戻してやらなくてはいけないのだ。それが、俺の使命だから。
暗い闇に囚われたセイジュの言動を正してやらなくてはならない。
奴の行動を俺の言葉で、思いとどまらせることが、できたら。
思いとどまらせなくては。
セイジュとは対照的に眉間にしわを寄せた難しい表情で。
視線で人が殺せるかのような圧倒的な鋭い目線で。
いつもレニはしかし、口下手で、たった一言だけでセイジュをたしなめるのだ。
「この季節に毛皮もないだろう」
「・・・?ああ、成程ね」
「・・・!?」
俺はまた何か間違えたのだろうか。
深く自分の言動を反芻し、今にも頭を抱えそうなほど問題点を考え込むレニの前で、
セイジュは更に満足げに、柔らかな笑顔を更に歓喜で彩りながら、グラスを傾ける。
「じゃあ、女の子のプレゼントにするのはやめて、そうだな、あの雌豚に使わせてやろうか。
あの豚・・・知らないあいだに自分の男を毛皮と三味線に変えられたとしたら、さぞかし絶望するだろうねえ・・・。
そしたらさ、兄さん、絶望した雌豚を2人がかりで更に、存分に苛めてやらないか?
兄さんだってあの女の尻軽で淫乱なところには呆れているんだろう?
いいよ、先に兄さんに使わせてあげるよ・・・兄さんがずっとあいつを狙っていたことは知ってるし、
我慢の限界を越えているところだろうからね。
思う存分好きなように壊してやったらいいよ・・・。
でもそのあとは僕に壊させてくれるかなあ。せっかくだから手に入れた毛皮と三味線とを使って
『これがお前が喜んで腰を振っていた相手の成れの果てだよ』とかなんとかいいながら責め立てる。
最後にその二つはあいつの目の前で完膚なきまでに叩き壊してやればいい。
目の前で奴を破壊してやることですっかり絶望したあの淫乱の顔が目に浮かんでくると・・・
興奮でぞくぞくしてくるよね?兄さん・・・」
「・・・・・・」
・・・いや、呆れてはいたがそこまで考えてないよ・・・。
レニは両手を床につけて、orzのポーズで絶望の限りを堪能したいくらいであったが、
そこは兄としての責任感と、高すぎるまでのプライドが押しとどめた。
そう、プライドはいくら高くても高すぎることはない。
弟は、甘えているだけなのだ。
俺にかまって欲しいだけなのだ。
こういうときは厳しく、そして相手を思いやった言葉を、かけてやらなくてはいけない。
弟を諭すのは自分の役目・・・言い訳はいらない。たった一言、心のままに出てきた言葉それひとつでいいのだ。
「そんなことより2人がかりで犯してやった方がいい」
「・・・!さすが兄さんだね、考えることが違うなあ」
「・・・!!」
また・・・間違えた、・・・か・・・・!?
レニは悪夢のように落ち込んでいた。
なんで自分はこう口下手なのだろう。
続けて2行以上しゃべれないので落ち着いて弁解することも出来ない。
弟はこんなに無駄に饒舌で、学校でもとりまきの女の数だけはいつも敵わない。
俺に足りないのは一体なんなのだろう・・・。
俺がふがいないから、弟の性格はこんなに、歪んでしまったのだろうか・・・?
俺が間違っているんだろうか・・・?
そもそも俺だって悪魔なのに、こんなに人の心配ばかりしていて・・・、俺はやっぱり拾われっ子で、
セイジュのついでに育てられた、卑しい身分の魔物なのか?
いやそもそも魔族であるかどうかすらも、怪しいのではないだろうか・・・?
そんな風にレニが絶望していると、ふと何者かの気配が現われた。
「レニ様・・・それはいったい、どういうことなのですか・・・!?」
「レニ・・・ひどいよ・・・ひどい・・・」
背後にいたのは、噂の当事者、カイルとアーシェだった。
その時レニは動揺していた。
しかし、その動揺は表情に出ることは決して無い。
目の前にあるものは悪魔でも人間でも、容赦なく殺す、建物でも植物でも容赦なくぶっ潰す、
そんな、魔界の王そのものの邪悪な視線、に見えるようなぎらぎらとした目つきで
レニはこの場を突破する言葉を、探す・・・。
「あれ〜?猫ちゃんにアーシェじゃない。どこから聞いてたの??」
しれっと、なんでもないように笑顔を作り、セイジュが問いかける。
「レニ様が2人がかりで・・・とかなんとかいってた辺りからでしょうか・・・」
アーシェをかばうように、しかし顔を真っ赤にしながらカイルが答えている。
こんなことで真っ赤になって照れてしまう2人こそ本当に悪魔の手のものだろうか?
なんてうらやましい。
こういうときに自分も内心の動揺が表に出ればこんな誤解は・・・
本当にもう、ここから逃げ出したい。
そうでなければ2人が、立ち去ってくれればいいのに。
いや、いまするべきは後悔ではなく、自分の考えを言葉にすること。
この場を突破する為の足がかりとするためには、たった一言でいい。
何か・・・。
何か言葉を・・・。
「失せろ」
「・・・・!わかったわよ!もうこんな家に居るの嫌!2人で逃げましょう!カイル!!」
「・・・!!!」
間違えた。
この場を突破しただけで、なんの誤解も解けなかった・・・。
レニは憎悪の炎であたりを焼き尽くす復讐鬼のような目つきをしながら、落ち込む。
「ちょっと待ってよ。アーシェ、猫ちゃん。レニは君達2人にただ嫉妬しているだけなんだよ」
怒りの勢いで出て行こうとする2人にすぐさまセイジュがフォローを入れる。
「さっきまでのレニの愚痴といったらすごかったんだ。それというのも君達2人に嫉妬しちゃってね、見てよ、この恐ろしい目つき・・・
弟の僕がしっかりしてないといけなかったんだけど、ごめんね、兄が迷惑をかけて」
「・・・!!」
違う!!
いいたいことはいろいろあったが、その後も続くセイジュのフォローで事なきを得たことで、レニは無事にこの場を突破できる運びとなったのだった。
*
*
*
「レニは僕がいないとなんにもできないんだから、困るよね。
これからも僕が守ってあげるから、安心しててよね、兄さん」
そんな優しい言葉を、天使の笑顔で語りかけてくる弟を、レニは複雑な思いで見ながらも、
やはり適当な答えは、思い浮かばなかった・・・。
「勝手にしろ」
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