心と身体が入れ替わるなら(京吾編)  お嬢/京吾/若頭/ヤス/灰谷/担任他

少年は焦っていた。「ええ、どうして?天音君、なんで私、天音君の姿になってるの!?どういうこと??」
そして少女は落ち着いた声音で、言った。「これはね、小泉さん、おそらくは・・・たたりだよ」
2人の間には、粉々になった有難い壺(であったもの)の破片が散乱していた・・・。



「かくかくしかじかというわけで、先代の大事にしていた中国から来た有難い壺のせいで、僕達の心と身体が入れ替わってしまった、というわけなんだ」
「そうだったんだ・・・」

天音君の説明は、神妙かつ大胆に、中国で起こったある事件から端を発したこの地域独自の伝説を踏まえつつ、とある一組の男女の愛と憎しみをもとにした壮大な物語を臨場感たっぷりに語り、この有難い壺のたたりの秘密を解き明かしてくれた。その説明に聞き入りながら私は、時にドキドキしたり、時に涙したりしながらすっかり有難い壺の不思議な力を信じきってしまい、今となってはこのたたりの恐ろしさと説得力に戦慄するより他無かった。

「極道の世界って怖いんだね」
「ああ、僕達にはまだまだ、わからないことだらけだよ・・・」
わかっているのは、そう、とりあえず、私と天音君の、心と身体が入れ替わってしまったこと。
天音君が私のために(正確に言うと武藤先生のせいで)手にケガをしてしまったので、拭き掃除でも手伝おうと、有難い壺に手をかけてしまったのが悪かった。
こうなってしまった直接の原因は私にあるわけだし、天音君になんて言って謝ったらいいのかわからないよ・・・。
そんな風に一人落ち込んでいると、私の顔をした天音君が、優しげな手つきで私の両頬を包み込み、
「大丈夫、小泉さん。僕が聞いた話では、こういったたたりの効力はもって半日から一日程度、って言われているし、その位なら二人で協力しあえば何とか乗り越えられるよ。幸い、明日は学校も休みだし、今晩は何も起こらないように、一緒の部屋で一晩過ごそう、ね?だから、心配しないで・・・」
そんな風に、優しい言葉をくれたかと思うと、そのまま両手を引き寄せて、私を安心させようとしてくれたのか、抱きしめてくれた。

一緒の部屋で、一晩。なんだかドキドキしてしまう。

その、もともとは私のものである胸は柔らかくて甘くて、今は自分より少しだけ背の低い身体に包まれながら、なんていうかこれ
って何だっけ、百合??ていうかこんなことになってしまってこれから二人の間にどんなめくるめく甘い一夜が待ち受けているの
だろう・・・などと考えながらなんとか気持ちを落ち着けようとしていると、どこか遠くからどたどたと男達の走りよってくる靴音の群
れが近づいてきた。

ああ、こんな時に・・・。

「てやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
すぱーん!
そういって全速力で走りよってきた龍さんはそのままの勢いを利用して、何と私に対して飛び蹴りを食らわせてきた。
飛び蹴り・・・女の子に対して、充分な助走をつけた上での跳躍からの上段回し蹴り・・・
「大丈夫ですか!お嬢!!!」
そういって龍さんは、私の方でなく、天音君のほうを心配そうに気遣う。
ああ、そういえば、いまは天音君が『お嬢』なんだったっけ・・・。
などと考えていたら、龍さんに飛び蹴りを喰らって倒れた勢いで床に飛び散っていた有難い壺の破片が腕や足に刺さったりして
怪我をしてしまっていた。
すごくいたい・・・。
「だっせーな、京吾。手なんて怪我して帰ってきたと思ったら、何、怪我増やしてんだよ」と、ヤスさん。
いや、仮にも蹴り飛ばされて怪我したのに、謝ってくれるどころか、その言い草って・・・。
「お嬢に襲い掛かったりしてるから、バチがあたったんだろ」と、山木さん。
いや、むしろ襲われていたのは私のほうというか・・・。
「どうせお前が散らかしたのだろう、さっさと片付けておかないから悪いんだ」とスミスさん。
それはそうだけど、あんな無茶な攻撃さえ受けなければこんな痛い思いは・・・。
というか、半泣きだった。
いつも、大変なんだね、天音君・・・。

「ところで、お嬢、俺たちこれから商店街の皆さんをお招きして宴会なんですけど、参加していただけませんか?」
そんなふうに持ちかけてきた龍さんだけど、今日のところは丁重にお断りするしかない。
「え?いえ、今日はもう遅いですし、ちょっと事情があってあんまり・・・」
「お前は黙ってろや、京吾!!」
そうでした・・・。私が天音君だった。しかしヤスさん、怒りすぎ・・・。
「お気持ちは嬉しいのですけど、ちょっと今日は宿題の量が多くて、今から手をつけないと明日に間に合いそうに無いんです」
ナイス、天音君!清楚なかんじで可愛らしさと恥じらいがあって、とても中身に男の子が入っているとは思えない。
さすがは天音君だけあって、こういうのは上品にソツなく完璧にこなしてくれる。
「宿題ったって、明日は学校休みじゃないですか。今日の夜くらい遊んでても、なんとかなりますよ」
そうでした・・・。
っていうか、天音君、さっき自分でも言ってたくせに、なんで肝心なところが抜けてるかな。
おかげでもう断りようが無いよ・・・。
「そういうわけで、お嬢。これは地域の元締めとしてのうちの組主催の会合ということですし、是非ともお嬢にも、組長としてお顔
を出しておいていただきたいんです!」
組の面子、だとか、地域の為、だとか、そういう話が絡むと龍さんはとても真面目な顔を見せる。
そんな顔で頭を下げられたら、たとえちょっとくらい不条理な要求でも、断れないじゃない・・・。(誘われてないけど)
そんなわたしの思いが伝わったのか、龍さんの真剣な姿に心を打たれたのか、天音君もふっと龍さんに優しい顔を見せて、答
えた。
「わかりましたよ。龍さんがそこまでいうなら、わたしでよければ、お付き合いします」
「お嬢!ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます」」」
皆、大喜びだった。
まあ、天音君だし、あの分だったら、完璧に『お嬢』を演じきってくれるんじゃないかな?
逆にボロがでそうなわたしのほうは部屋にひっこんでいても問題はなさそうだし、このまま『たたり』の効力が切れるまで部屋で
一人で大人しく落ち込んでいよう、と、そんな風に思っていた私に、ヤスさんは言った。
「ああ、京吾、お前はここのゴミを片付けて、ついでに床の拭き掃除もしておけよ」
部屋でのんびりうちひしがれてるわけには、いかないようだった。。。



「いやー、お嬢!お嬢は素晴らしい!何しろ可愛くて優しくてスタイルも抜群だし、性格もいい!とにかく最高だ!」
「もう、やめてくださいよ、クリーニング屋の山田さん。あんまり飲みすぎると身体に毒ですよ」
「なんと、組長様ともあろうお方がわしの事を覚えていてくださるのかい!」
「当たり前じゃないですか。そちらからお米屋の山本さんに、文房具屋の山井さん、おすし屋の山川さんに、本屋の山野さん。
皆さんいつもお世話になっている方達ばかりですから、ちゃんと存じていますよ」
「さすがお嬢、名ばかりの組長かと思いきや、しっかり地域のことも考えてくれているんですね!」
「おいお前、組長さんになんて失礼なことを」
「あっ、呉服屋の山崎さん、お酒が空になってますよ。私、お注ぎします」

床の拭き掃除もそこそこに、心配になって宴会場を覗きに来て見たら、そこにいたのはしっかりそつなく組長の仕事をこなしてい
る天音君と、大喜びの組の人や町内会の人たちだった。
実のところ、中身は男の子だったりすると、ちょっとしたしぐさや口調からばれてしまうのではないかと心配してたけれどもとんで
もない。むしろ普段の私よりも女の子らしさと上品な色気を醸し出し、尚かつ組長としての立ち居振舞いも完璧、という有様だっ
た。
まあ、男の子といっても普段から天音君ってきちんとしてるし、確かにその辺の心配はなさそうだけど、むしろ組長として完璧す
ぎてかえってボロがでるんじゃないかと心配・・・。

「やあ、小泉、お前も顔を出していたんだな」
「灰谷先生!来てくださってたんですか」
まずい。灰谷先生みたいな身近な人に話しかけられては、ばれてしまうかもしれない。
それでなくても灰谷先生は頭の回転が良いから勘も鋭い気がする。会話もそこそこに、逃げて欲しい、天音君・・・。

「今日のお前はなんだか特別に色気を感じさせる・・・。
むさくるしい男達の中に咲く、一輪の百合の花のようだ。お前という清らかな潤いがあるからこそ、今日と言う一日がここにいる
者達の美しい思い出となると思うと、彼らはなんと幸せなんだろうと思うよ。そのくらい今日のお前は、どういうわけか魅力的だな

「やだ、灰谷先生ってば。そんなことありませんよ、いつもどおりです」
・・・大して鋭くないかな・・・。
先生っていつも無駄に格好いいけど、実際には男を口説いているなんて事夢にも思っていないだろうなあ・・・。

「ところで小泉。俺が特撮マニアだということはお前も知っての通りだが」
いや知りませんけど・・・。
「16年前に放送されていたシリーズに『サムライレンジャー』というものがあってだな・・・これはシリーズの中でも特にマニアにと
って評価が高く、日本の戦国時代という特撮にとっては目新しいモチーフを交えながら、演出的に凝った日本刀を使った戦闘シ
ーンと、当時としては画期なほどコンピュータによるレーザー光線の演出に特化した──後にマニアからは納豆レーザーとも呼ばれる──こだわりのSF描写、何をとっても素晴らしいものであったが、特にシリアス方面に練りこまれたストーリーと、個性的なキャラクター、特にピンクサムレンジャーの役どころは当時の特撮界に衝撃をもたらしたといっていい・・・。」
「そうですか・・・」
「当時の俺のピンクサムレンジャーに対する入れ込みといったら相当なもので、ファンクラブにも握手会にも必ずといっていいほ
ど顔を出し、少しでも写真が載っている雑誌などは全て買い占めた。部屋一面にポスターを貼り毎日毎日話しかけた。それなのに裏切りの時はある日突然訪れたんだよ、・・・小泉。なあ、それは、なんだと思う?」
「さあ・・・」
「俺はその日のことを一生忘れる気がしない。たまたま見ていたバラエティ番組に出演していた彼女は、なんとこんなことを言っ
たんだ。『私、特撮なんて全然興味ないしー。お仕事だから仕方なかったんですけどー。ホントはファンの男どもとか超キモイ。
死ね』・・・ああ、一字一句覚えているよ、なあ小泉、これはどういうことなんだ??」
「・・・」
「だがしかし、今の俺にとってはどうでもいいことだ。何故なら小泉、今夜のお前は当時のピンクサムレンジャーを思い起こさせる上品さと色気、そして何より得がたい脚線美を持っている!なあ小泉!今日だけでいい。俺にとっての一晩だけのピンクサムレンジャーになってくれ!!」
「・・・超キモイ、死ね」
ああ・・・天音君言っちゃった・・・。
灰谷先生、いい人なんだけど、残念というか・・・酔うと結構人が変わっちゃうんだな・・・。

それにしても灰谷先生じゃないけど、こうしてみると、可愛いなあ、私・・・。
こうして遠くから見ると確かに結構スタイルもいいし、肌もキレイだし顔も小さいし、やけに短いスカートから見える柔らかな白い
太ももとか、健康的な脚を支える為の流れるような優美な曲線を描くふくらはぎとか、ちょっとした色気もあってなんだかドキドキ
する・・・。その細い腰と、そこに繋がるお尻にかけてのラインなんかもうたまらないというかなんというか・・・。
ああ、わたし、昔はあんな姿だったなんて、いいなあ・・・。
おまけにこんなすごいお屋敷のお嬢だったりしたなんて、やっぱり夢だったのな・・・。
うん、組長としては天音君のほうが適任みたいだし、皆喜んでるし、どうやらこのまま美少女組長として続けていただいた方が
世の為人の為みんなの為かもしれない・・・。
私なんて、そうだな、うん・・・ずっと床でもみがいていたらいいよ・・・。
そんな風にネガティブに没頭していると、ふっと、肩に手を置かれた。

「何覗いてるんだー小泉ー」
「え!?やだ、何ですか!?あっ、・・・武藤先生!もう!どうしてこんなところに居るんですか??」
と言って、びっくりした。
いきなり武藤先生が現われたことにもびっくりしたけど、自分の口から出た声が男の声だったのと、それにもかかわらず思い切
り女の子みたいな喋り方をしてしまったことと、そもそもそれなのになんでこの人『小泉』って呼んでるの??
「あー、見間違えたー・・・。十字架だった」
見間違えない・・・見間違えないよそんなの・・・。
そもそも、目が悪いのか、勘が鋭いのか、何か凄い霊感でも持っているのか、この人だけは見当もつかない。
その上私の口調がおかしかったことなんてちっとも気づかなかったように、話を続けだす。
「そんなに熱っぽい目で小泉のことなんて見て・・・何やってるんだー?」
「え?あ、いやその・・・」
「お前も友達が作りたいんだったらなー、自分でちゃんと、入れて欲しいって、言わないとダメだぞー」
うう、すごくいい事言ってるし、何か先生っぽい。
しかし仮にも本物の先生なのにちっとも説得力がないのは、人望のなさだろうか。
ていうかこの場合、はっきり言って、迷惑!
「おーい、皆ー、十字架も仲間に、入れて欲しいってよー」
言ってない!言ってないのに、

私は半ば強制的に、天音君の姿のまま、宴会場に合流することとなった。



「京吾、お前、来たのか」
龍さんが、ちょっと目が座った様に私のことを見た。
うう、来てごめんなさい、そんなつもりじゃあ・・・。
「なあ、京吾、今日のお嬢って、なんていうか、ちょっと違うよな。こう、ソツがない割に、余裕ありすぎっていうか、一生懸命なの
はわかるけど、いつものじゃない気がする」
すごい!龍さんするどい。
「何言ってるんすか若頭ー。お嬢今日頑張ってて特別可愛いじゃないですか。俺なんか更に好きになっちゃいましたよ」
ヤスさんするどくない・・・。
「そ、そうですよ若頭。僕もさっきから見てましたけど、小泉さんいつも以上に組長として頑張ってるな、って思いましたよ」
バレてもややこしいので、ここは天音君としてヤスさんに同意しておく。

そんなことをしてるうち、天音君のいる方向から不穏な空気が漂ってきた。
「まあまあ、一杯くらいいいじゃないですか、お嬢」
「困ります、私、未成年ですし」
「大丈夫ですよ、ビールくらい」
「なんならワインもありますよ」
「カクテルなら美味しいから若い女の子でも大丈夫」
「せっかくだから全部一口づつ試してみたらいいじゃないですか」

・・・・・・まずい!

天音君がお酒を飲むととんでもないことが起こる事を私は知っている(杏仁豆腐で)。

ここは止めるべきかもしれないけど、どう出るべきだろう。
うかつに喋るとまた、女の子みたいな口調を出して怪しまれるかもしれないし、天音君の機転に任せるべきかもしれない。

「組長、まさか組長なのに俺達の酒が飲めないだなんてこと、本当は無いですよね?」
「本当はお嬢は俺達商店街のことなんてどうでもいいと思ってるんじゃあ・・・」
「お嬢が飲んでくれないんだったら俺は切腹する」
「俺は更に飲みすぎてこの床にゲロをぶちまける」

だんだん脅迫めいた空気になってきた・・・。
でも、負けないで天音君。こんな脅しに屈するようじゃ、極道としてはやっていけない。
天音君もこれから組長として生きていくなら、心を強く持って、『未成年』の一点張りでこの場を美しく爽やかに切り抜けて!

「そうですね、じゃ飲みます」

わー!!!
駄目!法律違反駄目!!

そんなわたしの心の声など全く届かないように、よせばいいのにビールジョッキの一気飲みまで披露してくれる。
「おー、いい飲みっぷりじゃあ」
「さすがわしらの組長じゃあ」
まわりは大喜びでさらに天音君の周りにいろいろなお酒のグラスを差し出し、天音君はさらににこやかに次々手をつけるのだった。

いや待て。
いまの天音君は私の身体なのだから体質そのものが違うはず。料理に入ったお酒だけでも記憶を失ってしまう程お酒に弱い天
音君の身体は今は私のもので、体質が違うなら、そもそもお酒に弱い、という前提ごと、入れ替わっているはず・・・

「一番、小泉沙紀。・・・脱ぎます!」

駄目だった!!!

「いいぞ姉ちゃん!」
「さすが組長!度胸が違う!」
「組長ありがとう!神様ありがとう!俺、今日と言う日に感謝します!!!」

まわりのテンションが上がりすぎて今さら手をつけようがない事態になってきた・・・。
でもその身体は私の身体。
みすみす脱がされて人目に晒させるわけにはいかないのだった。

「ちょっと待・・・待ってくれないか!小泉さん!」
必死に喰らいつく。
「そうですよ、お嬢、ちょっと飲みすぎです、押さえてくださいよ」
ナイスフォローです、龍さん。
「いや、龍、止めてくれるな。彼女の組長としての一世一代の大仕事だ。その心意気を挫かないでくれ」
喋らないで欲しいです、灰谷先生・・・。
「龍さ・・・若頭の言うとおりだよ。小泉さん、未成年なのにお酒なんてダメだ。ちょっと酔っ払ってるみたいだし、今日はもう部屋
に帰って、休もう、ね?」
そういうと、私の顔をした天音君は、くすっと少し笑ったかと思うと、妖艶な目付きで誘うように問いかけてくる。
「部屋に、帰って、なにする気、か、な?天音、くーん・・・」
半分脱ぎかけの身体を摺り寄せるようにして、耳元で囁いてくる。

・・・ていうか、やばい。私、可愛い。
男の身体に入って、男の性欲が目覚め始めてしまったのだろうか。
そもそも私なんでこんなに可愛いんだろう。こんな可愛い顔して今まで組員の人とかをたぶらかしつつ、平気な顔して従えて『お嬢』とか呼ばせて敬わせるなんてなんてなんていう悪い女・・・。
そのうえ今度は酔いにかこつけてこの私を誘惑・・・いやそうじゃなくて止めなくては。

「ね?もうちょっと、だけ、脱いだら、ダメかなあ?だって、皆、私の身体、見たい、って・・・言う、か、ら・・・」
「ダメです!ダメダメ!!嫁入り前の身体なんですからもっと自分を大事にしてください!」
「ふふ、天音くん、おっかしい・・・まるで龍さんみたいだね・・・」
「とにかくダメです!絶対反対!これは若頭以下組員全体の総意です!」
ふと龍さんたちのほうを見ると、賛同してくれている。
よかった・・・ここで皆に反対されて孤立してしまうととてもやりにくくなるし・・・
「どうしても、っていうなら、やめてあげてもいいけど、それじゃあ、天音君が」
天音君?
「私に、キスしてくれるなら、いうこと、きいても、いい、よ?」

えっと、それはつまり、わたし(天音君)から、天音君(わたし)にということに、なるのかな・・・?
そんな風に混乱していると、にわかに周囲のおじさんたちが活気付いてきた。

「うおおおおおお!キスか!それはいい!それは青春だ!!」
「姉ちゃんのストリップが見られないのは残念だが、しゃあないからキスで手を打ってやるか」
「キスか、よしキスだな。ねっとりたっぷりディープなやつで頼むわ」
「いやファーストキスはレモンの味と相場は決まって」
「いやいや、キスしてそのまま乳を揉め、小僧!」
「そうだそうだ、そのまま乳を揉みつつ脱がせば、ストリップも見られて一石二鳥じゃあ!!」

周囲のテンションがおかしいくらいに盛り上がってきた。
ああ、なんか普通に脱がれるよりもさらに事態が悪化してしまった気が・・・。
そんな風に途方に暮れていると、もう周りのおじさんたちからはキスをしろコールが満場一致で鳴り響いていた。
キース!キース!キース!キース!キース!キース!キース!
ふと天音君を見ると、頬をピンク色に染めながら目を閉じて、ちょっと恥じらいながら王子様のキスを待つお姫様のようだった。
ああ。やっぱり私って可愛いなあ、とこんな時にすら感心してしまう。
そして何しろ頼まれると断れない性格。
この空気の中とても逃げられそうに無い。
意を決して、私(天音くん)の唇に私の唇を、重ねた。



その瞬間。

視界がぐにゃりと揺れて、

強い眩暈を覚えたかと思うと、体の中のもの全部が、身体から抜けていくような感覚を覚えた。



ふと気がつくと。
周囲のおじさんたちがみな、静まり返ったまま私たちに注目していて。
天音君は私の肩に頭を乗せたまま意識を失っていた。

「え・・・?」
天音君が目の前にいるのが見える。
ということは、2人の入れ替わりが、戻った?

「すげえ、ちょっと唇が触れただけに見えたけど。小僧が気絶するほどディープな一発だったってことか」
「恐ろしいな、あの姉ちゃん、一体、どんな舌技つかってんだ」
「さすが極道の女ともなると性に関しても生まれながらに超一流なんじゃのう」
「あんな何にも知らない生娘みたいな顔して、なんと恐ろしい」
「お嬢・・・俺、ショックです・・・」

「ちょ、・・・ちょっと待ってください、私、何も・・・」
必死で叫んでみたけど、一体何を弁解したものか分からない。
頼みの天音君は気持ち良さそうな顔して熟睡している。

「気にするな、小泉。俺はお前が顔に似合わず意外と淫乱だったとしても他の奴らと違って大して気にしたりしない。むしろその
才能を使ってコスプレでも」
「先生は黙っててください・・・」
酔っている灰谷先生は相変わらず手がつけられない。
「どういうことなんですか!お嬢」
今日のところはずっと素面だったらしい龍さんが心配そうな顔で様子を伺いに来てくれる。
「ずいぶん飲みすぎていたようですが、大丈夫ですか?それに今日はさっきからなんだか様子がおかしいと思って見ていたので
すが・・・」
なんだか龍さんのやさしさがとりわけ身にしみる。
しかしどういうことかは、わたしが知りたいくらいです・・・。

半日から一日で戻るって言ってたけどまさかあれから3時間あまりで元に戻るとは考えもしてなくて。
熟睡する天音君。
騒ぎ立てるおじさんたち。
そして、手に汗握って事の次第を見守っている組員の人たち。
もう・・・ここで頼れるのは・・・龍さんしか、・・・いない。
いつだって、わたしを優しく見守って、真剣に接してくれた龍さんだったら、わたしが心を込めて全てを話せば、きっと分かってく
れる。そんな気がした。

「あの、・・・じつは・・・かくかくしかじかというわけで、お父さんの大事にしていた中国から来た有難い壺のせいで、私と天音くんの心と身体が入れ替わってしまった、というわけなんです」
「「「「「そんな話、あるわけないでしょう、お嬢」」」」」
龍さんをはじめ組員の人たちの総突っ込みが入った。

やっぱり・・・そうだよねえ・・・。






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