「ちょっと、相談なのですが。」 京吾×沙紀 &オールキャラ
街は明るく、楽しげにクリスマスムードを醸し出す12月。
京吾は悩んでいた。
沙紀と付き合い始めてから、はじめてのクリスマス。
そしてこのことはまわりの奴らには、ばれないようにしている、二人だけの秘密。
だけど、好きな女の子と付き合うというのは初めてのことだからどうしていいかわからない。
せっかくだから沙紀がよろこぶように、とっておきのプレゼントをしてやりたいのだけれど。
*
そんな折、屋敷をぶらぶらしていると、龍と朝生が二人でリビングで話しているのが京吾の目に入った。
というか、普段あんなに仲悪いのになんでこんな日に限って仲睦まじく話しているんだろう…。
30代のおっさん同士がこんな日に、恋人も居ない同志で慰めあってるんだとしたら、あんまり近寄りたくないなあ…。
と、考えていると、龍の方から声をかけてきた。
「よう、なんだ京吾!しけたツラしやがって辛気くせえな。世の中はクリスマス一色だってんだから、もっと浮かれろよ」
…いや、浮かれたいのはやまやまなんだけど、2人の荒んだ気持ちを考えるとおおっぴらには…
などと、口に出すわけにもいかなかったので、適当にやり過ごそうとおもったが、こんな時に限って何も浮かばない。
まあ、実際悩んでることもあるわけだし、せっかくだから、聞いてみよう。
「ちょっと、相談なのですが」
京吾は、彼女の名前は隠したままかいつまんで2人に説明する。
2人は、まさか相手が沙紀だとは思ってもみないからか、あるいは単に暇だったのか、思いのほか熱心に話を聞いてくれた。
「なるほどな。まあ俺の豊富な経験上、女の子の喜ぶものと言ったら、『ぬいぐるみ』。これに決まってる」
「はあ…」
彼女が引っ越してきて間もない頃、廊下に大量のぬいぐるみをならべたて、彼女を呆れさせていたことを思い出す。
「乙女っていうのはなあ、幾つになったって、メルヘンの心を忘れないもんなんだよ…。クリスマスといったらサンタさん…枕元に
は長い長い靴下を置いて、プレゼントが入っているのを期待して胸を躍らせながらいつの間にか眠りにつく。夢に出てくるのはサ
ンタさんの格好をしたお父さん?それとも、まだこれから出会おうとしている運命の恋人かもしれない。そんな奇蹟の起こる特別
な一夜、それが…クリスマスってもんだよ。まあとにかく、そんな夢見る乙女には、ぬいぐるみが一番ってとこだな」
いい歳してそんなに乙女なのはお前だけだよ…。
と笑い飛ばしたいのをじっと我慢する。
「ふっ、馬鹿か」
代わりに、一言笑い飛ばして話を遮ったのは、朝生だった。
「女の欲しいものというものといったら、古今東西、金目のものに決まっている」
「はあ…」
「貴金属でもいい。ブランドバッグでもいい。女というものは、自分のために多額の金を使わせたという事実があれば、どんなも
のであろうと満足するものだ」
「何いいやがる朝生!お前には乙女心ってモンがちっとも分かってねえんだよ!!」
「うるさい!いい歳したヤクザが乙女心について真面目に語るな!」
なるほど、それなりに説得力がないでもない。
しかし、根本的に京吾には金がないのである。
レテをやっていくにも結構金がかかっていたし(クリーニング代とか?)、そもそも朝生がもっと始末屋稼業に給料を弾んでくれて
たらこれほどまでに悩むこともなかったのに…。
いまだ、言い争いをやめそうにない龍と朝生を置いて、京吾はリビングを後にした。
*
更に、廊下をすすんでキッチンに行くと、武藤と遭遇した。
「おお、十字架かー。お前もプリン食いに来たの?でも残念だね…もう、ヨーグルトしか残ってないよ…。ざまあみろ〜」
特に悔しい部分は何もなかったが、そんなに勝ち誇られてしまうと何故か腹が立ってくる。
しかし武藤相手に怒っても時間の無駄なので、京吾は試しに悩みを打ち明けてみることにした。
「ちょっと、相談なのですが」
相手の名前は隠して、簡潔に説明する。
「んー、そうだな…。無難なところで、花なんていいんじゃないの…?」
「あー、はいは…、え…………、え?」
なんかどうでもよさそうな表情で、やる気のなさそうな喋り方だったので、真面目に聞いてなかったけど
今、ひょっとしてマトモなこと言った…??
「あの…、武藤先生?いま、なんて」
「俺は、うどんが大好きだ」
なんか、急に格好よく言ってきたけど、それは凄いどうでもいい。
「先生、すいません、その前!ちゃんと聞いてなかったんですけど、今凄くいい事言ってたような」
「でも俺は、料理するのとか面倒くさいから、普段はどうぶつクッキーとか食べるんだ」
「いや、先生の自己紹介とかはいいから、僕の相談を」
「お前が美味いうどんを打ってくれるなら、嫁にもらってやってもいい」
なんかこんなときばっかりやけに男前だけど、そもそもうどん打ちからはじめる話になってるのかよ。
「うどんなんて打ったことないですし、嫁になる気もありませんよ」
「あたらしい上司は〜フランス人〜」
「先生ー!」
急に歌いはじめたと思ったらどこかへ去っていった。
「くっ…!」
何故か分からないが、敗北感が胸をえぐった。
*
「今年のクリスマスは…中止だ」
虎桜組医務室。
暗い瞳でそう答えたのは、灰谷だった。
自然と、医者と患者がそうするように向かい合う形となりつつ、灰谷は話し続ける。
また、長くなりそうだった。
「インターネットでも以前から声高に叫ばれていることだ。キリスト教徒でもないのに、異教の神を崇めるなどというのは日本人と
して恥ずべきことだ。幸せな人間がどこかに沢山いるとしたら同じ数だけ不幸な人間がどこかにいる。
何かを崇めるのはいい。しかしそれは外国人の作り出した宗教的な神ではなく、俺達日本の萌え文化が作り出したモニタの向
こうの俺の嫁。俺達が崇めるべきはむしろこの女神達ではないだろうか?
頭のいいお前のことだ、俺の言っていることは分かるだろう?」
「はあ…」
「俺の恋人は右手だけ。それはもう数年来の付き合いで変わったことはないし、万全の信頼を置いている。確かに、モニタの向
こうの俺の嫁達は幾度となく代わっている。ここ十数年のパソコンの性能の向上により、嫁達の解像度も格段にアップした。だが
大事なのは解像度でもシーン回想の利便性でもましてや中の人の演技力でもない、それは…心だ」
「…」
淡々と語っているように見える灰谷。
しかし、その実、その硬く握られた拳からあふれ出るかのような熱い、熱すぎるほどの思いは、京吾の心を打つ(主に残念な方向
で)。
「心。そう心だよ、天音。それは三次元の彼女にも存在するようでいて、手に入るとは限らない。しかし、俺達の二次元の彼女には
間違いなく存在する、そして、確実に手に入るのだ。何故かと言うと、それは俺達自身の心でもあるから…!」
「成程…」
もう帰りたい。
「分かるか、天音?毎年俺はケーキとロウソクを買って来て、モニタの向こうの嫁と二人きりのクリスマスを迎える。ちなみに今年の
嫁は『トゥルーハートメモリアルロマンス』のあゆみちゃんだ。俺達ほどのプロになるとゲーム中にプログラミングされた会話だけで
なく、モニタの向こうの嫁と直接心で会話をすることが出来る。そしてその域に達するには、クリスマスだけとは言わず、常に毎日の
ようにイメージトレーニングという名の修行を行うことが必要だ。
さあ、天音。今からでも遅くない。お前も一緒に、楽しいクリスマスを自分ひとりの力で演出する為に、妄想と言う名のイメージト
レーニングを一緒に実践しようじゃないか!」
「…いえ、ちょっと、用事があるのでもう帰ります」
とても『生の彼女が待っているから』などとは言えない雰囲気だった。
不憫だった。
っていうかあの人、顔も頭もいいし、その上医者で多分お金も持ってるのに、なんて残念なんだろう…。
京吾は心に暗い影が差すのを感じながら、医務室を後にした。
*
医務室を出て、廊下を歩いていると、ヤスが歩いてくるところだった。
正直、京吾にとってそんなに話をしたい相手ではなかったが、やっぱり今日に限って向こうから話しかけて来た。
「よお、京吾〜、クリスマスだってのに、なに疲れきった顔してやがんだよ、だらしねえなあ」
それはいままで灰谷先生につかまっていたからだ、などと正直に話すわけにもいかないので、話題をそらすためにもこちらから
話しかけてみる。
「ちょっと、相談なのですが」
京吾は、彼女の名前は隠したままかいつまんで説明した。
「なんだと!?お前、彼女がいるのかよ!!!」
ヤスはにわかに、ショックをうけたような表情をしたかと思うと、心底悔しそうにぽかぽかと、京吾をゲンコツではたきはじめた。
「なんだよなんだよ、俺にだっていないのに〜!お前ばっかずりいよ〜。ちょっと顔可愛いからってよ〜。なんだよ、俺にも誰か
紹介してくれよー」
そうやって文句をつけていたかと思うと、急に明るい表情になって京吾の手を取り始めた。
「あ、そうだ!今度合コンしようぜ、京吾くん!!お前の彼女の友達とか連れてよぉ!組の皆もきっと喜ぶぜ!!さあ、そうとき
まれば早速連絡取ってくれよ!すげえ楽しみ!そしてお前、すげえいい奴!!」
そんなヤスの様子に不覚にも京吾はちょっと感動を覚えていた。
そうだよな…他の奴らがちょっとヘンなだけで、普通はこのくらいの反応でちょうどいいはず。あやうく感覚がマヒするところだっ
た。と思うと、ヤスに対して感謝の念すら覚えてくる。
それでも。
「悪いけど、僕はいい奴なんかじゃないし、紹介なんて絶対しませんよ」
「何ぃぃぃ??それじゃお前、単なる自慢かよ!」
「そう思われるならそれでいいです。僕の彼女は世界一可愛くて、いい女なので、一生僕だけが独占したい、自慢の彼女ですか
ら」
そう言って、京吾は不敵に笑う。
気がついたら、迷いなんて消えていた。
*
夜。
沙紀の部屋での待ち合わせまで結局あまり時間がなくて、たいした買い物は出来なかった。
「京吾…、これ…!!」
「うん、いつもの…駅前のケーキ屋さんのデコレーションケーキ。前に僕がバイトで行ってたところのだし、もう何回も食べてるか
ら飽きちゃってるかもしれないけど、ごめんね?あんまり、他に思いつかなくてさ」
そういうと、沙紀はちょっとびっくりした顔で京吾に見入っている。
「ううん!私、これが食べたかったの!はじめて京吾と一緒に行ったケーキ屋さん。いつか二人で何かお祝いすることがあった
ら、ここのケーキを一緒に食べたいなー、って、はじめて行ったときからずっと、憧れてた…!」
「沙紀…!」
ちょっと興奮気味に話す彼女の口調から、本気で言ってくれてるんだな、ということが伺える。
そういえば、彼女は無類のケーキ好き、ということを、このときになってようやく思い出したりもして。
京吾は思わず、一日中、いろんな人にプレゼントの相談をしたことなどを話はじめていた。
「もう!そういう時はまず、私本人に、相談してくれたらいいのに、京吾ってば!」
「ごめんね…」
謝りながら、軽いキスをすると、彼女が顔を赤らめる。
「それじゃあ早速。ちょっと、相談があるんだけど…いい?」
「うん」
サンタさんでも、異国のクリスマスの神様でも、誰でもいいから、どうか願いを叶えて。
*ずっとずっと永遠に、幸せな時が続きますように*
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