猫耳なんて馬鹿しかつけない  レニ/セイジュ/カイル/アーシェ/瀬名 (前編)

「セイジュ!もうこんなことはやめるんだ!!考え直せ!」
激しい雨の打ちつける深夜。
レニとセイジュは力の限り、命がけの対決をしていた。
兄は、弟を殺さないように。
「話し合えば分かる!彼女だってそう望んでいるんだ、だから一度落ち着け!」
弟は、兄を殺すために。
「何言ってるの、レニ?もう、遅いんだよ、何もかもがね」

ざしゅ・・・。

それは、自分の首が身体から斬られるときの音だっただろうか。

何故、そんなことが、自分に分かってしまうのか知らないけれど。

「なんだ、やっぱり、僕だってやれば出来るんじゃないか」
そういって、レニの身体から斬られた生首を満足そうに取り上げ、セイジュはつぶやく。
生気の無いレニの顔を自分の目の前まで抱え上げ、
まるで優しく慈しむかのような口調で、

「ねえレニ、僕はいつだってレニに叶わないと皆に思われていたけれど、
レニだけは知ってたんだよね?僕が本気で君と渡り合えば、決して負けたりはしない。
だって元々、魔力は同じくらい持ち合わせているのだから、今まではたまたま、チャンスにめぐりあえなかっただけ・・・」

その表情に凄絶な笑みを浮かべる。ただ、その瞳には感情は映されていない。

「だから、僕達の大事なアーシェがそのチャンスを与えてくれたんだ、僕達が生涯でたった一度だけ
本気で殺しあうこの機会を。だから」

そして、レニのものであったその首を、いとおしそうに抱きかかえ、つぶやきながら。

「さよなら兄さん。ずっとずっと、大嫌いだったよ」

その目から、涙が流れ始めていた。



がばっ!

「どうしたの、レニ?」
突然飛び起きたレニに気がついて、寝ぼけたようにアーシェが呟く。

(なんだ、夢、か・・・。)
それにしてもリアルな夢だった。まるで自分が一度見てきたことがあるのかのように。

それにしても、と思う。
アーシェと恋仲になってしまい、同じようにアーシェを思っているセイジュはおそらく自分のことを随分恨んでいるだろう、とは思う。
それでなくても、セイジュは自分に対する競争心が並外れて強いのだ。
手を抜いてやると怒るので本気を出すと、いつもこちらが勝ってしまう(加減がわからないので)。

どんなことでも負けたことなどまるで覚えが無いが、確かに魔力は同等。それは本当のことだ。

───あいつの本気はいつか俺を殺すことがあるのだろうか?

───俺達の愛を、おびやかすことがあるのだろうか?
そして傍らのアーシェを見る。
「何でもない、何でもないさ・・・アーシェ」

それでも、この腕の中の愛しい存在だけは守ってやらなくてはならない・・・。
そう思いながら、再びレニは、眠りについた。

傍らのアーシェが寝ぼけ眼ながらも、不思議な生き物を見るような目でこちらを見ていたような気配を、感じた気がした。




「ぷ・・・っ、レニ、おはよう。ところでどうしたの?それ。今日はまた随分とご機嫌そうだね」
可笑しそうに笑うセイジュ。

「ちょ・・・セイジュ、やめてよ!レニ、大丈夫だよ?全然にあってないなんてこと全く無い!
たまにはそういうのも可愛、・・・じゃなかった!かっこいいよ!?」
きまずそうにかばうアーシェ。

「そう、・・・ですよね。あははは。うん。慣れれば結構ご近所の皆さんも暖かい目で見てくださるようになりますよ!
このわたしが証拠です。ははは・・・。だから、・・・元気出してください!」
さりげなさを装いつつ必死で擁護するカイル。

あくる朝のレニには、
・・・猫耳が生えていた。

「あっはっはっ・・・面白いなあ、アーシェも猫ちゃんも必死にフォローしちゃって。
レニも意外と人望あるんだね。言っちゃ悪いけど全然似合ってないよ、それ。
本当にどうしたの?セックスのし過ぎで脳から何か悪いものでも漏れ出してきたんじゃない?」

現状、原因と思われる第一候補、というか他に考えられない諸悪の根源が
楽しそうに絡んでくる。
確かに、ありえないほど強力な魔力が、レニの頭部にからまって、どうしても耳を外すことが出来ない。
朝、この姿に気がついてからは必死で、外そうとしたり、せめて見えなくなるように出来ないものかと
試みてみたが、どうにもならなかった。

魔力では上、と思っていた。
しかし、思い上がりであったのかもしれないし、確かに、アーシェと愛情を確かめ合うことにうつつを抜かしすぎていた面も
あったのかもしれない。

レニの脳裏には昨晩見た夢、セイジュがレニの首を刎ねて、笑顔をみせるシーンが思い起こされた。
───そうだな、確かにお前もやればできる。それは認めよう。


しかし、

「そんな耳で学校に行ったら、レニファンの子達もきっと大騒ぎになっちゃうよねえ・・・」
とんでもないことをいいだした。

「おいちょっと待て、なんでこんな姿で・・・」

「ええ?レニまさか学校休む気じゃないよね??アーシェにあれほど毎日通えって口うるさく言っているのに
自分は耳が猫耳になったくらいで休むの?そんなことないよねえ?
アーシェだって、学校生活が楽しくなってきたみたいだし、こんなことで休みたくないだろう?」

アーシェはこころなしか頬を赤らめ、瞳をうるませながら、レニの方を伺う。
「それに、僕にはもうアーシェも守る義理なんて全然無いんだから、彼女の身にも危険が及んでしまうかもしれないよね?
レニが耳が生えたくらいで学校を休んでしまったばっかりに、アーシェが悪魔狩りにつかまって命を落としてしまうなんて、ちょっ
と残念だけど、レニがそこまで守りたくないなら、仕方ないよねえ・・・。」

「そうですよレニ様!姫様といっしょに、学校へ行ってください!」
そこでカイルが余分な横槍を入れてくる。

「セイジュ様が姫様を守ってくれるなんて期待は全く持てません!とてもじゃないけどありえません!
姫様の身の安全を守る為には、心が狭くて無責任なセイジュ様ではなく、真面目で正義感あふれるレニ様だけが頼りなんですよ!」
「ちょっと猫ちゃん・・・?」
セイジュがちょっとひきつった笑顔でカイルをたしなめる。

「耳のことは心配要りません!これでもそろそろご近所の皆さんにも受け入れられてきたようですし、
むしろ最近はこの耳のおかげか、近所の奥様達にお惣菜や野菜を分けていただけるようになったくらいです!
つまりこんなことで女性にもてなくなること決してないですから、レニ様もそういった面の心配はせずに学校へ・・・」
「お前は・・・黙っていろ、馬鹿猫!」
「ひいっ!」
そうしてレニは猫耳のまま学校へ向かう覚悟をかためた。



校門の前まで着くと、いつも華やかにレニをとりまく女生徒たちを中心に皆が一斉にざわついた。
「・・・ねえ、あれって、もしかして猫耳?」
「まさか、レニ様に限ってそんな・・・」
「みろよ、レニの奴、ざまあねえな」
「ああ、これで女の子皆に振られちまえばいいのに」

皆、好き勝手言っている。
まあ、言わせておけばいい。
自分は自分の、やるべきことをやるだけだ。

そう思って、足早に通り過ぎようとしたところ、いつの間にか背後に居たセイジュに肩をつかまれた。

「やあ、レニ親衛隊の女の子達。びっくりさせてごめんね。実はこんなことになったのも深いわけがあるんだ」
「・・・!」

なに言い出すんだこいつは・・・!

「実はレニは毎日、飼っている黒猫を虐め倒しているんだ。
初めての恋が成就して、充実している反面、何かとストレスがたまることもあるんだろう。毎日その黒猫は恨めしそうにレニの部
屋の前で声を枯らして鳴いていた・・・。辛かっただろうね、猫ちゃんも・・・。
そんなある日なんと、その猫ちゃんが失踪したと思ったら突然、レニの頭に猫耳が生え始めたんだ。
かわいそうに、この猫耳はきっと、その黒猫の呪いがかけられてしまった証だよ」

キャー。
レニ親衛隊、セイジュ親衛隊ともに悲痛な面持ちでセイジュの話に悲鳴をあげている。

いや、カイルなら家で普通に留守番をしているはずなのだが。

・・・馬鹿馬鹿しい。
こんな話を本気にする奴などたかがしれているだろう。

そんな風に黙ってやりすごそうとするレニを尻目に、さらに恐ろしいことにセイジュの演説は続く。

「もう一つ、呪いがかけられてしまったおかげで困ったことになった。
それは、レニが喋ると語尾に『にゃー』とかついてしまうんだ。
レニも苦しんでいるんだけれども、猫の呪いなんだから仕方がない。レニの意思でやっているわけでは決して無いので、
笑わないで接してあげて欲しいんだ。今日一日で治まることなのかもしれないし・・・ね?レニ」

「(おい・・・!)」
さすがに黙っていられなくなってレニはセイジュに向き直る。
しかしそれにも取り合わず、セイジュはニヤニヤしながら、続ける。
「(いやいや、魔力のことが皆に知れてしまうわけにはいかないだろう?それに、趣味でこんなラブリーな猫耳つけて歩いている
と思われるよりは、余程格好のつく事情だと思うけど、どうするの?)」

くっ・・・!
確かに、魔力についてヒミツにすることは絶対条件。
仕方ない。その程度のことでヒミツが守られ、かつ弟の気が済むのなら、やむおえず付き合うしかない。

「そ・・・そうなんだ、にゃー・・・・」

キャー!
女生徒の黄色い歓声が飛び回る。
長い一日になりそうだった。




つづきます!

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